1話
魔物と人の交流が盛んな国家エルカディア。
其処に蝶乃緑羽はいた。
茶色く癖のある長い髪に、右は紅、左は金色の瞳。顔立ちは中性的で、殆どの人が美少年と称してくれそうな整ったものだ。
長いコートを纏い、肩には小さな魔物を乗せて陽気に街中を歩く。
「すごいな、人間界は賑やかだ」
「ねー!」
若干はしゃぐ緑羽に、賛同して頷いたのは肩に乗っていた魔物。植物のライラックを好んで食べていたことから、そのままライラックと言う名を図鑑に記されたこの魔物の名前は、ライオス。
全体的に紫の毛並みを持つ小動物で、今では生息数も限られている。
「でも大丈夫?迷ってない?」
露店を冷やかしながら歩く緑羽に、ライオスは尋ねる。
言われて緑羽は立ち止り、しばらく考え込むようにしていたが、
「どうしようか、迷ったな!」
それはもう完璧に、と本当に困っているのか判別しにくいほど朗らかな笑顔で言った。
ライオスが、
「えぇぇぇぇ!!?」
と驚くのも無理はないだろう。
「困ったな」
道を聞くにしても、緑羽は特に目的も無くエルカディアの街を歩いていたのだ。
「宿、宿を尋ねる、とか?」
「その前にどうして地図を買うという選択がなかったの」
困ったように笑う緑羽に、呆れるように対応するライオス。
さてどうしたものかと首を捻っていると、前方から楽しそうな声が聞こえてきた。
「いいわね、これ!買うわ」
「おねーさん目の付け所が違うねー!この宝石は・・・」
声の方に釣られてみれば、その露店は宝石専門だった。
「へー・・・宝石を売るところなんて初めて見た!」
迷った事などすっかり頭の隅に追いやり、すごいなーとはしゃぐ緑羽にライオスはかける言葉も無いのか沈黙を貫く。
しかし素手で宝石に触れたりと随分とぞんざいに扱うなぁと、緑羽が不思議に思った時だ。
「止めておけ、それは偽物だ」
その場にいた者が全てその言葉を発した者へと視線を移す。
其処にいたのは明るめの金髪、右は金髪で隠れていて見えないが左は紫色をした瞳。
全体的に黒を基調とした服で、腕にファー――恐らく色合いからして紛い物だろう――を優雅に巻いている。首元の紋様の刻まれた紫水晶がやたらと目立つ。
身長もすらりと高く、冷徹で厳しそうな面差しでなければ女性が沸き立ちそうな青年だ。
「これのどこが偽物だというんだ!!」
当然怒った宝石屋の店主がその青年につっかかる。周りもどうしたどうしたとざわめくが、青年はたじろくことなく、むしろ冷やかに店主を見下す。
「言いたい事はたくさんあるがな、まあ率直に言ってやる」
やれやれと肩を竦めつつ青年がとある方向を指す。
全員それにつられて見ると、其処にいるのは怒りに燃え滾っている様々な種族の女性達。
その怒りの視線は・・・言うまでも無く店主に向かっている。
「苦情来てるんだよ、偽物掴まされたってさ」
周りの侮蔑の視線に晒されながら店主は、この町の警備隊に連れて行かれた。
それを見送る青年は、
「てかこんな下らない事に俺を呼ぶなって」
と心底嫌そうな表情で呟いていた。
皆が去った後も、緑羽は青年が気になるのか無遠慮にじぃっと見つめている。
そんな視線に気づかない訳も無く、青年は緑羽に気づくと、
「何か用か?」
と声をかける。
緑羽は笑顔で言った。
「ああ、ちょっと道に迷って」
ライオスはやっぱり呆れていて何も言わなかった。
「まさか迷子を拾うとはな・・・」
場所は変わって、喫茶店。
青年はとりあえず詳しい話を聞こうと緑羽を喫茶店に連れて行き、適当にパフェを二つ――ライオスの分だ――、をオーダーする。
「お前、名前は?俺はユーリ=シェバリーンだ」
青年・・・ユーリはそう言って、緑羽の名前を尋ねる。
「わ・・・じゃなくって、俺は蝶乃緑羽!で、こっちがライオス」
一瞬どもったが、それ以降はすらすらと緑羽は自分の名前とライオスの名前を言う。
「俺・・・?」
ユーリは訝しむように緑羽を見たが、すぐに頭を振って、
「そうか。にしても、緑羽って珍しい名前だな。黒蓮出身か?もしくは真瑠?」
「いや、リクトソウルの近くだ」
「リクトソウル?随分と遠くから・・・」
驚くユーリに、緑羽は何を思ったのか、
「あ、食べる?」
と自分が食べていたパフェをユーリに勧める。
何故いきなり会話が飛ぶ、と思いながらも、
「いらない」
ばっさりとユーリは切った。
恐らく、出身の話をこれ以上しても無駄だろうと判断して、
「じゃあ連れはいないのか?」
と質問を変えた。
緑羽は首を傾げたが、
「連れ・・・ライオスがそうだけれど」
予想通りの事を言う。あまりにも予想通り過ぎてユーリはがくりと頭を抱え、
「俺の言い方が悪かった、人間の連れはいないのか、お前、魔物だろ?」
率直に言った。
すると緑羽は驚いて、
「俺が魔物ってわかるのか!?」
感動するようにユーリを見る。
こいつアホだな、とユーリが思ったのは言うまでも無い。
「此処には観光で来ているんだ。他に連れはいるが、人間じゃないな」
喫茶店から出た後、穏やかそうな表情で緑羽はそう言った。
―――観光?ただの観光のにしては、随分と人間に似せた外見に化けているが。
ユーリは緑羽が普通の魔物と違う事は、見た瞬間に分かっていた。持ち得る魔力が普通の魔物と違う上に、変幻を使っているのが分かる。
これはちょっと訳ありなんじゃないのか?とユーリが考えていると、
「ユーリ!」
緑羽がユーリの後を追ってちょこちょこと駆け寄ってくる。
「何だ?」
「ああ、あの、パフェのお金・・・」
「いらない。俺の奢りで良いだろ、あれくらい」
「えぇ!?でもライオスの分まで払ってもらっては・・・」
財布を取り出そうとしていた緑羽は焦り、ユーリを仰ぐ。
「それよりも、だ」
ピタリと足を止める。緑羽もそれに倣い、歩くのをやめた。
「しばらく行動は俺と一緒に取れ」
思いがけない台詞に緑羽が呆然としていると、
「お前は知らないかもしれないが、最近魔物を騙す人間が増えた」
見ただろう、さっきの宝石詐欺の奴、とユーリは言った。
ああ、あれかと緑羽が頷く。
「ま、逆パターンもあるんだが・・・それはともかくとして、俺はそういう連中を取り締まる仕事をしている、とでも言えばいいのか」
「・・・?」
ユーリの言いたい事がいまいち掴めない緑羽が首を傾げる。
「要するにお前は騙されやすそうだから、ある程度慣れるまでは俺と一緒にいた方が無難だってことだ」
「!」
漸くユーリの言いたい事を理解した緑羽は驚く。
「いや、でも初対面だし、悪い・・・」
「気にするな、コレも仕事だ」
―――それに、引っかかる事も多いし、な。傍にいてもらった方が良いだろう。
そんな事を内心思っていたユーリとは裏腹に、緑羽の方はというと、感動して表情を輝かせている。
「ユーリって・・」
「ん?」
「優しいな!」
「は?」
お人好しと言うか、単純思考の緑羽の言葉にユーリは困惑した。
やっぱりこいつは騙されやすい、と改めて確信していた時だった。
「緑羽様!!」
ライオスとは違った、低く落ち着いた声が一帯に響く。
それに驚いたユーリが振り向くと、寄り一層驚くものが其処にはいた。
「何ですか、その無礼者は!」
怒り心頭と言わんばかりの表情をしていたのは、ドラゴンロードだ。
ドラゴンロードは龍人といわれる部類に入る魔物で、魔物の中でも高位の力を持っていると言われている。
そのため、この世界にいる魔物王といわれる、魔物達の王は必ずドラゴンロードを直属の部下として迎え入れているのだ。
――魔物王直属の魔物がどうして?
町の者たちも突然のドラゴンロードの出現に、恐怖でざわついており、よもや戦闘かとユーリが構えを取ると、
「あ、ヘーメラー!」
と素っ頓狂な声がユーリの真横から聞こえてきた。
言うまでも無く、緑羽だ。
は?とユーリが振り向くと、
「さっき言ってた連れ」
と緑羽がにこにこと答える。
ライオスは緑羽の頭の上でどうでもよさそうに寝ていた。
「緑羽が次期魔物王!?」
場所は変わって宿。
あの場では、何とか誤魔化し切りここまで緑羽とヘーメラーと名乗るドラゴンロードを引っ張ってきたのだ。緑羽はともかくとして、身長二メートルに近いヘーメラーを引っ張ってくるのはかなり骨が折れた。
さっさとチェックインし、部屋に入るととんでもない事をヘーメラーから聞かされた。
蝶乃緑羽はこの世界の魔物達を仕切る、魔物王の子、だという事を。
そして、いずれその座を継ぐ事になる存在だという事も。
「魔物王の・・・」
「そうだ、というか緑羽殿下を呼び捨てにするな」
渋い顔でユーリを睨むヘーメラーは、本当に緑羽の事を敬愛しているのだろう。
ユーリは改めてゆっくりと緑羽を見てみる。
のほほんとライオスとリンゴをつついて遊んでいる、あれが。
あれが、魔物の。
「見えねェェェ!!!」
思わず心の底から突っ込んでしまったユーリに、
「気持ちは分からなくもないが・・・言っておくけれども、緑羽殿下は歴代の王の中でも最強と謳われている実力者だぞ」
とヘーメラーが苦笑しながら言う。
「確かに魔力は半端ないと思っていたが・・・まさか」
「!?お前、分かるのか、人間の分際で!」
思わず零した言葉に、ヘーメラーが勢いよく食いついた。
「ああ、まあ・・ていうか、分際ってお前なあ・・・」
そういう人間差別ってどーなんだとユーリは肩を竦めた。
「・・・歴代最強、か」
ヘーメラーからは他にも色々聞けそうだとユーリが尋ねようとした瞬間だ。
「わぁ、いいのか!?」
嬉しそうな緑羽の声に、ユーリとヘーメラーがどうしたと視線をやる。
すると、何時の間にやって来たのか宿屋の女将と緑羽が楽しそうに話をしていた。
「もちろんこれくらいお安い御用よ」
「嬉しいなあ」
お互いにこにことして、はしゃいでいるのが手に取るように分かる。
「・・・どうした」
「あ、ユーリ。女将さんが美味しいサンドイッチのレシピを教えてくれるって!」
「ふふふ、後で教えに来るわね」
活き活きと答える緑羽に女将はあらあらと笑いながらそう言うと、部屋から出ていった。どうやらベッドメイキングに来ていたらしい。
そして女将が出て言った瞬間。
「おーまーえーはー!!会話に参加してないと思ったら何してんだ!」
ユーリは遠慮なく緑羽の額を小突いた。連打で。
「痛っ!!え、何、俺何かまずいことやったのか!?」
「お前は当事者だろうが!なーにがサンドイッチのレシピだっ!!」
「ユーリ貴様、緑羽殿下に何をする!!」
ギャーギャーと騒ぐ三人に、よくまあ両隣の部屋から五月蠅いと苦情が来ないなぁと感心しつつ、ライオスはリンゴを頬張る。
「で、でもな、ユーリ、試しに食べてみてくれ」
未だに渋い表情をしているユーリに、緑羽はほらと女将からもらったのであろうサンドイッチを差し出した。
「は?」
「いいからいいから」
強引に渡され、仕方ないと一口かじる。
「・・・・美味い」
「だろー?」
ほれ見ろと言わんばかりに緑羽が言うのを見て、ユーリは自己嫌悪に陥りそうになるが何とか堪える。
「・・・しかし、緑羽、お前本当に魔物の王の子、なのか?」
サンドイッチをライオスに渡しながらユーリは尋ねた。
緑羽はと言うと、特に動揺した素振りも見せずに、
「ああ!」
とあっさりと答え、思わず拍子抜けした。
――シリアス展開に出来ないほどの元気な返事だな。
「もう少し隠す努力をしろ」
「?」
恐らく緑羽は城で可愛がれていて、この世界の裏の部分を知らないのだろう。
あのお人好しぶりに次期魔物王とは思えないほどの穏やかな気質。
良い様に利用されるのは目に見えている。
「よし、決めた」
ぽつりと割と小さめな声で呟いたが、部屋にいる者には聞こえたらしく全員がユーリを見る。
「お前の観光旅行とやらに俺も同行する」
真っ先に反応したのはヘーメラーだった。
「何を勝手な!そんな事許す訳がないだろう」
確かにこの状態でユーリがついていくのをあっさり納得する筈もないだろう。
だが。
「おっと、拒否権はないぜ」
ユーリは懐からカードケースを取り出し、そこから一枚のカードを取り出す。
そのカードは、所謂身分証明書にもなるもので、この世界にいる者なら知らない筈のない組織の物だった。
「これは・・・人魔調和委員会の・・・?狩、クラスS・・・」
ヘーメラーは驚きカードを見る。
人魔調和委員会とは人と魔物の平和共存を保つために立ち上げられた、世界随一の組織である。
世界中心都市バードイリスのど真ん中に、組織を纏める為の施設も設置されていて、殆どの国家がこの組織に逆らえる事は無い。
一時期廃れかけていたが、この数年急激に活発になった組織でもある。
委員会内に各担当の部隊があるが、ユーリの所属している「狩」は文字通り犯罪者や調和条約を破ったものを狩るための部隊である。その中でもSクラスは命に関わる危険な任務をこなす、相当の実力者しか任せられないクラスだ。
他のクラスの者だと、上層部を通じて任務や状況判断をしなくてはいけないが、Sクラスになると全て一人で判断する事になる。
そして、発言権も強い。
「ユーリが人魔共和委員会だったとはなー!」
すごいすごいとはしゃぐ緑羽に、
「俺的には全ての魔物を統べる王の子であるお前の方がよっぽどすごいけどな」
とユーリは冷静に言う。
「委員会・・それもクラスSって事は基本的に余程ことがなければ拒否できないんでしょ?」
それまでサンドイッチを齧っていたライオスが顔をあげて言った。
「ああ、少なくとも観光旅行、という理由じゃ俺の同行を拒否はできないな」
ライオスの言葉にユーリは頷く。
「という訳でよろしくな。緑羽、ライオス、ついでにヘーメラー」
「何で我々がお前なんかと・・・!!」
「よろしくねー!ユーリがいると心強いよ」
「だな。多分、俺達だけだとまた迷うし」
だろうな、ユーリとライオスは内心頷く。
「ライオス様、良いんですか!?確かに人魔調和委員会の人間なら安全かもしれませんが、そもそもこれは・・・!」
「もーヘーメラー怒らないでよー」
未だに納得いかないのか、ライオスと口論するヘーメラーを微笑ましく見ながら緑羽は言った。
「よろしくな、ユーリ」
「ああ」
こうして、ユーリと緑羽の旅は始まった。
END
PR